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メリピット荘(不定期)日誌

題名はホームズシリーズの「バスカビル家の犬」からパチりました(^^;                                 前回の背景に治せない不具合が生じたためしばらくこの少し痛い背景で行きます・・・

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風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を 如何にとかせん 【赤穂藩当主「浅野内匠頭」(アサノ タクミノカミ)辞世の句】

あぁ・・・

去る二十八日と二十九日岐阜の祖父の

通夜と葬式・初七日が行われた・・・・・

実感の沸かぬまま岐阜にある

祖母の家に行った僕と兄弟をむかえたのは、

(逝去したのだから当然と言えば当然なのだが)

白い棺に入っている祖父の遺体と

悲しげな雰囲気を漂わせている祖母と叔母、

いつもと同じようにに振る舞っている父であった・・・・

(家族には決して弱いところを見せたがらない

(祖父も家族には決っして弱いところを見せなかった)


父らしい振る舞い方だったが・・・心の中では

どれだけ悲しんでいたことであろうか!!

後で母に聞いた話だが父は

母の知っているかぎりでは今回は

一度も泣いていないそうだ・・・

そして僕も父が泣いているのを

今に至るまで一度も聞いてもいないし

見てもいない)

僕達は祖母・叔母に挨拶をしたあと

棺の窓から見える祖父の顔を見た・・・

・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・・・・

何というか・・・・・・・

「夏の庭」と言う本の中で

「木山」と言う名の登場人物(主人公)がいる。

その「木山」があるきっかけで仲良くなった

おじいさんの遺体を見たときの感じを次のように

表現している・・・・

『ここにあるのはおじいさんの抜け殻で、

おじいさんそのものではない、そんな感じだ。』

僕が祖父の遺体を見て感じたことははまさに

これであった・・・

僕と兄弟が祖父の遺体を見終えると

祖母・叔母は祖父がどのように死んでいたかを

教えてくれた・・・・

祖父は二階にある和室と廊下の境目に

足を廊下側に出して仰向けに倒れていたそうだ・・・・・

足下から始まっている三階に続く階段の

上から三段目に祖父のスリッパがきちんと

そろえておいてあったそうだ・・・

父が言うには・・・・

たぶん祖父は階段の上から三段目で

気分が悪くなり(おそらくもう心臓は止まっていた

のであろうと言っていた)ここで倒れてしまったら

大変だと思い、根性で階段を下りて和室の

襖をあけて・・・・・少し休もうと思って

横になった・・・・・・祖父は自分が今死ぬなんて

全然思っていなかったであろう・・・・・

僕は「人前ではできるだけ泣かないでおこう」と

思っていたのだが、この話を聞いている途中で

涙をながし泣いた・・・・(この「人前では弱いところを

見せたくない」という気質は祖父から父、そして僕と

兄弟に確実に受け継がれている・・・僕はこの後も

葬式中などたびたび泣いたが兄弟が人前で

泣いたのは僕が知っている限りこのときだけであった・・・・)

その後僕と兄弟は三階へ荷物を置きに行き、

三階で祖父の六人の兄弟姉妹・・・六人の叔父・叔母達を

待った・・・・・・・・


祖父のすぐしたの兄弟・・・・

次男である叔父(以後TSO叔父さん)の悲しみは

特にとても深いようだった・・・

(聞いたところによると・・・TSO叔父さんは

曾祖父に勘当され、大学の費用は

祖父が出していたらしい・・・)

TSO叔父さんが来ると悲しげな雰囲気が

とても濃くなった・・・・・・

三階に居る僕と兄弟にもTSO叔父さんが泣きながら

「何で死んでしまったんや・・・・・」と言う

声が聞こえた・・・・

TSO叔父さんはこの後も時折

「あっけなく死んでしまった・・・」

とかボソボソと言いながら泣いた・・・・・

午後三時・・・・・・・・・・・・

祖父の棺は僕達の手で家から運び出され

式場の職員の手で霊柩車で式場まで運ばれた・・・

葬儀式場には従姉妹(免許取りたて若葉マーク)の

車で行きました・・・

(さすがにバックするときに従姉妹が

ハンドルを曲がりたい方向と逆の方向に

曲がるように回した時はぞっとした・・・・)

葬儀式場の遺族控え室は思ったより広く、

とても驚いた・・・(同じ部屋で通夜をした)

(現在三十日の午前零時五十二分・・・

さすがに眠い・・・ココからは箇条書きにする・・・

そして気が向いたら清書します・・・・)

通夜式の開始・・・・

「携帯電話の電源を切るかマナーモードに

してください」という放送が入り、

お坊さんが式場に入りお経を読む・・・・

お経中に携帯の電話の着信音が鳴る・・・・

誰の携帯が鳴っているのかと思うと、

お坊さんが袈裟の袂から携帯を出し、電源を切っていた・・・

一人の叔父・叔母・父・祖母・母・兄弟・僕

以外の親族は皆一端引き上げる・・・・

通夜の途中・・・僕は葬儀場の二階ロビーに

設置されている無料のコーヒー販売機から

コーヒーを何杯も飲む・・・(この販売機は

優れ物でインスタントではなく自分でセットされた

豆をひいてコーヒーを入れる)

午前三時~午前五時半くらいまで寝てしまう・・・

起きたときには昨日急遽来ると連絡してきた

人が一人すでに来ていた・・・・・・・・

午前十一時・・・葬式の開始・・・・・

お坊さんが二人来てお経をよむ・・・

一向宗なのである程度きれいなお経・・・

補佐のお坊さんのお経は普通なので

主のお坊さん(いつもお経を読んで貰っているのは

この人)のお経が音痴で下手であることがよくわかってしまう・・・

棺のふたを開けて花や従兄弟が勤めている和菓子店の菓子や

コーラ味(祖父は生前コーラが大好きだった)等の

駄菓子を入れる・・・・・・

(僕は花を右足の足下に・チョコレートを肩ら辺に置いた)

兄弟・父以外の親族(祖母・従兄弟・従兄弟・僕・叔母等)

(書き忘れたが中学生の従姉妹が一人修学旅行のため

通夜・葬式共に出席せず・・・・・)

は皆泣く・・・・・・・・・

近くの火葬場(徒歩五分と掛からない)へマイクロバスで

移動(何人かは徒歩で移動・・・徒歩の方がマイクロバスより

早く火葬場に着く・・・)

第4告別場で最後のわかれ・・・祖母・叔母棺に

両手をかけて泣く・・・・・・・・・

徒歩で(一部はマイクロバスで)葬儀場に戻る・・・

一時間後・・・・・・再び火葬場へ来る・・・

(足の悪いTSO叔父さんと付き添った僕

車を運転する叔父さん(従兄弟の父)だけ車で行く)

火葬場の扉が開く・・・出てくる骨・・・かさついて石灰

と微量の鉄を熱したような独特な臭い(もっと正確に言うと

Caが燃えた臭い・・・そのまんまか)その臭いで少し

咳き込む、骨は骨盤の左半分が形を完全に保っていた・・・

頭蓋骨は一ピース残っていたが骨壺に入らない

位の大きさだったので係員が金属棒で軽く叩き

割った・・・・(恥ずかしい話僕は骨を長いこと

直視できないのでここから壁ばかり向いていた・・・

実は少し歯の根が合わなかったりした・・・・)

兄弟とペアで足の骨(スネの骨のような気がした・・・

実際は違うと思うが・・・・)を骨壺に入れた・・・・

火葬場からでて、葬儀場に戻り初七日の法要・・・

そして・・・・・遅い昼御飯・・・・そして解散・・・

祖母の家に戻り・・・・・(あぁ・・・今までなら「祖父母の家」

と表記したのに・・・・)

白い二段の台に写真と骨壺・線香・和ロウソク

脇に祝花をそなえる・・・・・・・


僕の頭の中には祖母の家のリビングで

食卓に片肘をつきながら笑う祖父の

顔・・・抜け殻になってしまった祖父の顔・・・

火葬しても形を保っている骨盤の左側・・・・

この三つが焼き付いている・・・・

(正直最後の一つは早く忘れたい!!)

(今日は寝れないかもな・・・・

しかも運悪く僕のベッドに接する窓からは

隣の墓地が見えるのだ!!)

隠し

今日

岐阜のおじいちゃんが逝去した・・・

突然のことでビックリ・・・

実感がまだない・・・

6時間目が終わった直後担任の中村先生が

「母親からの電話がありました『

「授業が終わったらすぐ家に帰ること』」

と書かれた紙を受け取る・・・

その時に逝去を予想はしたが・・・・

未だに信じられない自分一部が居る・・・

紙に書いてある内容から身内の不幸は

予測できるのに服部はご丁寧に漢字の

補修プリントを紙と一緒に渡してきた・・・

なんてデリカシーがないのであろうか!!

衝撃的事実が発覚!!

どうも・・・・

昨日ブログの記事を更新してから僕の中では

衝撃的な事実が発覚しました・・・・・

去年の12月31日・・・・・

ブログが更新されていないのです!!

気がつかぬ内にとぎれていた連日更新・・・・

メッチャショックです(T^T)

にしてもなんで僕は12月31日更新しなかったのだろう?